眠れない夜には羊を数える。 羊が一匹、羊が二匹…。 目を閉じて、羊が柵を飛び越えていくのをひたすら数えていく。 弧を描きながら華麗に飛び越えて行く羊たち。 でも、そのうちの一匹が柵に足を取られて転ぶと、後から来た羊たちも同じように転んで その上に乗っかっていく。 そうこうしているうちに頭の中にはもこもことした白い羊の山が出来上がる。
翼と一緒におやすみ
「うーん…、余計眠れなくなっちゃったわね…」
悠里はぽつりと呟くと、閉じていた目を開ける。 枕元に置いてある時計を見れば、羊を数え始めた時からさして時計の針は進んでいなかった。
「困ったなぁ…」
眠ろうとすればするほど目は覚めてしまって、寝返りを打ってみたり最終手段で『羊を数える』事までしたのに眠気は全く訪れてはくれない。 そうこうしている間にも、無情にも時計の針は進んでいくのだ。
「――悠里?」
既に夢の中の住人であろう愛おしい人の為に、遠慮がちに開かれた寝室の扉。
帰って来て一番に寝室に来たのだろうか…ネクタイが少しだけ緩められたスーツ姿の翼が立っていた。
「翼君…、おかえりなさい!」
「…まだ起きていたのか?」
今日は仕事で遅くなるから先に休んでいてくれと言ったのは、今朝のこと。
広いキングサイズのベッドの上で半身を起こして、手早く身だしなみを整え、えへへ…と申し訳なさそうに悠里は笑った。
「そうなの、なんだか眠れなくて…羊まで数えちゃった」
「Sorry,―いつもだったら一緒に寝ていたのに、今日に限って一緒に寝てやれなくてすまない」
「あ、全然翼君のせいじゃないのよ?なんだか今日は目が冴えちゃって…」
そっと抱き寄せられて、悠里はその胸に顔を埋めた。
翼の控えめなフレグランスの香りが悠里の鼻をくすぐり、確かな温もりに身体の力が抜けていく。
「ふふっ…」
「What?どうした、悠里」
翼の胸に顔を埋めながら、突然笑い出した悠里に翼が声を掛けると、相変わらず悠里はくすくすと笑っていた。
広い背に腕を回して、しっかりと抱きつく。
「なんでもないの、ただね…寝返り打たなくても、羊を数えなくても、翼が居てくれれば寝れそうだなーって思ったの」
安眠剤みたいな感じかなぁ、なんて。
翼を上目遣いに見上げて、照れながら口を開いた悠里の頬はほんのりと赤く色づいていて。
あまりの可愛らしさに翼はその頬に小さくキスを落とした。
「そうだな。今度から眠れない時は羊など数えずとも、俺がいれば眠れるようにしてやる」
意味ありげにそう囁き、ちゅ、という音を立てて啄ばむようなキスを落とす。
翼によってゆっくりとベッドに横たえられた事に気付くが、時既に遅し。
長い指が悠里の指を絡めとり、逃がさないと言わんがばかりに赤い瞳が見据えていた。
「つ、翼君!?」
「眠りたい、だろう?」
視線を絡ませ、翼が誘うように微笑むと悠里も釣られるように柔らかく笑った。
結局、まだまだ眠れそうにない。
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